沖縄の不思議の世界を紹介します


by nami-5963

カテゴリ:歴史・史跡・世界遺産( 151 )

石垣島の新石垣空港工事中に見つかった白保竿根田原(しらほさおねたばる)洞穴人骨が2万7千万年前の旧石器時代のものだった!という新聞報道があり、

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県の埋蔵文化センターで実物の人骨を一般公開しているというので、Aさんと出かけました。

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展示場に入るとすぐに「白保2号人骨」があり、高齢の男性で、下あごに比べ上あごの歯が極端にすり減っていることやサーファーなどにみられる外耳道骨腫(がいじどうこつしゅ)が見られ、日常的に海と関わる生活をしていたということでした。

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続いて「白保4号人骨」では、風葬で葬られた高齢の男性で、「白保2号人骨」と同じ下あごに比べ上あごの歯が極端にすり減っている特殊な歯の使い方をしていた、ということでした。

「特殊な歯の使い方」とは何か?という新しい疑問が生まれてきました。

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発掘調査時のご苦労を、5年前の講演会で人類学者の土肥直美さんが港川人の人骨調査の失敗の教訓を生かして調査員の汗などが混ざったりしないように徹底しつつ、

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人骨のDNAやコラーゲンをきちんと保存するためにアルミホイルにくるみ低温保存を徹底してやった!ので、相当な成果が期待できるはずだ!と瞳を輝かせて語っていた(2012.2.28、参照)ことを思い出しました。

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「2万7千万年前の旧石器時代の19体の風葬墓域で世界最大級、国内初確認!」という報道もあったせいか、平日にもかかわらずすごい人手にビックリでした。

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今後も生活場所が判明することや他にもいろんなことが分かってくることを期待してしまいますね。

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いい勉強になりました。
by nami-5963 | 2017-05-24 16:04 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)

安波茶樋川の復元

安波茶樋川復元落成式の案内記事が新聞に載っていました。







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その復元落成式の日には地元の自治会長さんをはじめたくさんの方が集まって祝賀会が開かれていました。





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おめでとうございます。




後日天気のいい時にゆっくりと訪れてみました。





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真っ白い琉球石灰岩で護岸工事もきちんとされていており、新しい「史跡 安波茶樋川」の石碑がとてもきれいでした。





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階段を下りるところに文化財・安波茶樋川の説明版があり、





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18世紀当時の琉球石灰岩でできた4.8mの樋(とい)が今もこんこんと湧き出す水を流しており、






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水を貯める部分にも渡り石が敷かれていてすばらしい出来栄えでした。






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ただ、大きな土木工事の後のためとは言え、今までたくさん住みついていたテナガエビなどが一匹もいなくなってしまっているのが、残念でなりませんでした。





by nami-5963 | 2017-04-20 15:37 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)

恩納村の歴史と湧き水

湧き水fun俱楽部の4月の定例会が恩納村博物館でありました。


恩納村博物館では以前にも「歴史講座」があり(2009.5.1920、参照)、いろいろと学ばせて頂いたことを懐かしく思い出しながら参加しました。




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今回は「山田グスク周辺の文化財」と題して、村教育委員会・文化財担当の崎原恒寿さんがとても親切で丁寧な90分の講演と質疑応答の後、一時間現地案内をして下さいました。





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印象に残ったのが、山田グスクの伝承で「山田グスクから座喜味城に移転する時に護佐丸を慕った村民が一列になって石垣の石を手渡しで運んだ」とする石垣の跡は発見されたものの、





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当時の村民数や石垣の石の数と距離からすると無理な話だった!ということが証明されたということでした。






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また、山田グスク内には井戸がないことや金属でできた毛抜きや武器を研ぐ砥石の出土があったことや





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武具の出土数が(座喜味城):(山田グスク)=1:50ということにもとても興味がわきました。





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琉球王朝時代の宿道の国頭方西海道を訪れて、





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山田谷川(さくがわ)の石橋、





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今は水が枯れているが中国産の青磁が出たというウブガー、





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護佐丸父祖の墓への山道





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中国産の碇石(いかりいし)が使われているメーヌカーなど





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を巡る険しい山道を歩いてみるとこの街道を見下ろす要塞にそびえる山田グスクの戦略的意味がよく分かりました。





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長時間お世話になった崎原さんにお礼を述べて、






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昔からあって有名な「シーサイドレストラン」にみんなで出かけ、





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懐かしい味のカレーライスをおいしく頂きました。






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みなさん、お疲れさまでした。





by nami-5963 | 2017-04-16 17:15 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)

伊祖大綱引き

去年57年ぶりに復活した「伊祖(いーじゅ)大綱引」の今年の開催日は11月27日でしたが、大雨のため12月4日に延期になっていました。

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12月4日も雨の予報でしたが、晴れだして無事に開催できてよかったで~す。

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最初に国王が入場し、実りの奉納儀式でスタートし、

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空手や棒術の演武、

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こども達の「光芒万丈」の旗頭担ぎ、

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大人の東(あがり)の青白の旗頭と西(いり)の赤青の旗頭の鉢合わせ、

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長寿会の集団演舞と続き、

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いよいよ獅子に導かれて東(あがり)の雌綱と

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同じく獅子に導かれて西(いり)の雄綱の入場があり、

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貫入(かぬち)棒でやっと一本の綱になりました。

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最後に、東と西の支度(したく)が登場し、にらみ合って戦闘意欲を盛り上げ、いよいよ綱引きの開始となりました。

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去年は東(あがり)の勝利だったそうで今年は西(いり)の挽回の機運を反映し、最初は西側に綱が移動しましたが、

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東側が巻き返し、双方互角の状態が続きました。

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最後に西側に綱が移動し、

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今年は西側の勝利に終わりました。

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綱引きが終わると、綱の一部を切り取り、お守りとして各自が家に持ち帰ります。

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ゆみさんも綱をもらい、綿菓子を買ってもらってご機嫌でした。

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見ていても楽しい、伝統行事の大綱引きでした。
by nami-5963 | 2016-12-05 09:46 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)
一月の浦添市の広報に文化財収蔵展示施設として「浦添市歴史にふれる館(やかた)」が2月1日にオープンした、

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との記事が載っていました。

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どんなものができたか興味があるので出かけてみると、以前の給食センターをそのまま使った施設でしたが、

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中に入ってみると展示室内を貝塚時代、グスク時代、近世、近代と四つのコーナーに分け、

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市内のどこにその遺跡があるかを地図で示し、

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具体的な出土品などを展示し、

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コンパクトに浦添の歴史がわかるように工夫されていました。

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とても参考になったのは近世の「石切り場跡」のコーナーで、

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粟石を切り出す方法や道具の展示だけでなく、

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現在はカーミージーのすぐそばの一か所しか目にすることができないのに、

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「石切り場跡」は西海岸一帯にあったということでした。

今後、カーミージーの散策の時は、海岸沿いも探索してみようと思いました。

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また、収蔵庫は展示できないものを収めた倉庫で、

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普段見られないものも目にできるいいチャンスになりました。

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市内の歴史ガイドのパンフレットが一杯置かれていましたので、カーミージーの海で遊び隊の「生き物パンフレット」も置かせてもらえることになりました。

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この建物のすぐ西は、とても整備された釣り場になっていて、

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そこからカーミージーの姿を見渡すことができる8年前に初めてカーミージーを見つけた懐かしの思い出深い場所になりま~す。
by nami-5963 | 2016-02-16 23:42 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)

浦添城を歩く

おきなわ石の会で「地質学的・歴史学的にみた浦添城」ということで、

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私が講師を務め、僭越ながら60人ほどの参加者のみなさんを案内することになりました。

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ゆみさんとばあちゃんがカメラマンをしてくれ、

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まずは「浦添ようどれ」へ、

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次は「伊波普猷の墓」、

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西(イリ)のアザナの城壁、

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展望台、

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前田高地平和の碑、

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カガンウカー(鏡川)で湧き水のしくみの説明、

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ようどれ館の見学後の解散式とたっぷり3時間の学習会となりました。

友達も参加してくれていて、「資料もよく、いい勉強になった!」と言ってくれましたので、資料も載せておきたいと思います。
みなさんもご覧下さ~い。

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ゆみさんの感想ものせておきます。
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by nami-5963 | 2015-03-14 22:43 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(2)

サイエンスミーティング

おきなわ石の会のサイエンスミーティングが恩納村立博物館でありました。

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テーマは「沖縄のヒト化石が語ること」で県立博物館・美術館の藤田祐樹さんが講演をして下さいました。

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旧石器時代の遺跡は開発の盛んな大都市圏に多くみられるが、沖縄には遺跡はすくないものの石灰岩が多いので人骨の保存がとてもよいこと、

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あごの骨の研究から2万年前の港川人は縄文人の先祖ではなく、東南アジア~アボリジニのオーストラリア系に近いことが分かってきたこと、

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港川人の顔を最新データで再現し直したが、

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石垣市白保竿根田原洞の人骨や

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南城市サキタリ洞の埋葬人骨の発見から今後の研究・調査にとても期待できることを

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頭骨のレプリカを持ちながら熱く語って下さいました。

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その後は恩納村立博物館の案内をして頂き、

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久しぶりに仲泊遺跡や

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魚の群れを見つけるイユミバンダを訪れました(2009.5.20、参照)。

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昼からは、名護市の名桜大で開催されている「沖縄・奄美の映像祭」にも寄り、

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貴重な映像を5本も無料で見せて頂き、とても充実した一日でした。
by nami-5963 | 2015-01-10 23:18 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)

うるま市の地域散策

お友達の姉さんちのブーゲンビレアの手入れに、勝連城の近くに出かけました。

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行ってみると夏と違いほとんど伸びておらず、手入れの必要がないことが分かり、今まであまり出かける機会のなかった「うるま市」の地域散策をしてみることにしました。

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最初に行ってみたのは、天願川のそばにできたと新聞に載っていた「野鳥の森自然公園」で、

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小高い丘に展望台が見えますが、案内表示が少なくて、すぐには行きつけませんでした。

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やっとたどり着いた駐車場には10種類の野鳥が紹介されていて、

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展望台からは向かいに伊計島などの海中道路を始め、

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勝連城などを遠望する絶景を楽しむことができました。

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次は、「世界遺産に匹敵する」と何かで読んだことのある伊波城跡でしたが、

道中で「昆布」という地域を通った時、「ここの土地闘争の時にできた歌が『沖縄を返せ』なのですよ。」と教えてもらい、私も「まさか沖縄に住んで、『沖縄を返せ』の歌をうたうようになるなんて夢にも思いませんでした。」といろいろ話が弾みました。

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伊波城跡の案内板を読み、

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城址の三つの御嶽を回り、

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S字状の野面積の石垣も確認しましたが、浦添城よりも小さくて少しがっかりしました。

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87mの頂上に登ってみると、国道329号線の石川バイパスの石川トンネルのある山が伊波城跡ということも分かり、目の前に石川岳が見える場所で、遠くは伊江島の城山(タッチュー)も見えました。

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三つ目は、「命(ぬち)しぬじガマ」ですが、「命をしのいだガマ」という意味だそうで、

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今帰仁の戦いで敗れた王子がここに隠れて命拾いをしたという伝承があり、沖縄戦でもこの自然洞窟に300名が隠れて一名の戦死者も出さず、二人の赤ちゃんまで生まれたという縁起の良いガマだそうです。

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いろいろ回り、遅い昼食を「大衆食堂・かね食堂」でとりましたが、ここの名物が「骨汁」だそうで、初めてチャレンジしました。

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これで550円と安くておいしくてやみつきになりそうでした。

月に一度こんな小旅行が、友達とできるのが楽しみで~す。
by nami-5963 | 2015-01-09 20:38 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)

物外忌

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8月13日は「沖縄学の父」と言われ、「おもろそうし」(神をたたえる古謡)の研究者の伊波普猷(いはふゆう)の命日で、

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浦添城内にある墓前で物外忌が行われました。

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「物外」というのは、伊波普猷の雅号だそうですが、私は沖縄の歴史を学ぶ中で、彼が「浦添城が首里城以前の中山の拠点だった!」ということを明らかにした人!だということを知り、そのことに敬意を表して毎年参加するようにしています。

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墓前祭では最初にお祈りをして線香をあげ、

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「祭文」が読み上げられ、

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「おもろ」研究会の方々が現存する5曲を謡読してくださいました。

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祭壇には、彼の大好物だったというサーターアンダギーも添えられ、

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参加者には、お供え物を丁寧に袋に小分けしておすそ分け(これをウサンデーというそうです)してくださいました。

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最後に、安仁屋眞昭さんが伊波普猷の人となりを説明し、親友にささげたおもろ「迎えほこら」を全員で朗読して物外忌を終えました。

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伊波普猷は「沖縄戦の被害は軍国主義の犠牲」だと断じたそうですが、その後も沖縄が米軍統治下におかれ、たくさんの基地が作られ、現在も墓の上を毎日軍用機が飛び交っていました。

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また、8月13日は沖縄国際大学に軍用ヘリが墜落して10年になりますが、一日も早く、このお墓や沖縄が本当に静寂で安らかな地になることを祈っています。
by nami-5963 | 2014-08-13 16:26 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)

読谷村のピースウォーク

沖縄戦で米軍の本島の上陸地点となった読谷村でのピースウォークがあり、

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参加してみるとたくさんの熱心な参加者にビックリ!

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みんなで歩いて最初に「忠魂の碑」を訪れました。

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これは、戦時中は天皇のために国民は死ぬのが当たり前で、そのことを奨励して褒め称えた「負の遺産」に当たります。

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すぐそばに戦闘機を格納するための「掩体壕(えんたいごう)」がありましたが、

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作りは急ごしらえのお粗末なものでした。

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「読谷平和の森球場」は米軍基地の読谷補助飛行場の中に村が村民ぐるみで最初に作った公共の施設だそうで、

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そばに「不戦宣言の碑」として村民各層の決意がしたためられていて、

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その決意の誇り高いのがとてもすばらしかったです。

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その後、村役場に戻り、憲法第九条を大切にする姿勢を表明した「憲法第九条の碑」を訪れ、

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非核宣言、

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平和の郷宣言、

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役所の「オスプレイ配備反対の大看板」などに村の反戦平和への決意の強さを感じました。

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その後は、長い距離を歩いて、「象のオリ」のあったところを通り、

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1000人の命が救われたという、シミクガマに入り、

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ここで隠れ暮らし、生き延びることのできたという知花治雄さんから

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貴重な戦争体験を聞くことができました。

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この壕ではハワイからの帰国者の説得があったそうで、それがなく集団自決の起こった「チビチリガマ」のことを思うと胸が痛みました。

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このあたりから、私はもうフラフラになりながら歩いて「艦砲ぬ喰ぇー残さー」の歌碑までたどり着き、

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ここでも戦争体験者のもと公民館長の池原さんから貴重なお話を聞くことができました。

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やっと昼ごはんを口にすることができ、人心地つくことができました。

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また、てくてくと歩いて村役場に戻り、元村長で元参議院議員の山内徳信さんから貴重なお話を聞くことができました。

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その内容は「沖縄タイムス」に連載中の「解放を求めて」に詳しいですので、そちらをご覧下さい。

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今回のピースウォークで山内徳信さんから直接に貴重なお話を聞くことができたことが一番の収穫でした。

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by nami-5963 | 2014-03-29 21:11 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(3)