沖縄の不思議の世界を紹介します


by nami-5963

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今帰仁の桜と歴史①

桜の季節に今帰仁の史跡を巡る催しが、三回のシリーズでありました。

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一回目は桜祭りが始まったところで、寒緋桜(カンピサクラ)は二分咲きぐらいでした。

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それでも木によっては八分咲きのものもあり、十分目を楽しませてくれました。

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今帰仁村歴史文化センターで、「今帰仁グスクと北山の歴史」の講話の後、

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歴史ガイドのみなさんの案内で今帰仁グスクの周りの史跡を見学しました。

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山道を歩いて最初に着いたのが、シニグンニでした。

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ここは円形に石を並べてあったり、

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四角い二段の石積みが残っている昔の拝所だそうです。

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アタイ原ウーニーという大きな石にくぼみがついたものもありました。

これは航海の安全を祈願した場所だそうです。

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お城への馬車道も横切り、

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昔の祭司施設があった三段の平らなナガレ庭(なぁ~)につきました。

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昔の登城道のハンタ道に出ました。

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ハンタとは崖のことだそうで、敵が攻め込みにくいような険しい自然の石がむき出しになった道でした。

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その途中にあるミームングスクという三段の石組は、物見台か出城の跡といわれているそうです。

登ってみると周りがよく見渡せるので、物見台のようでした。

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阿応理屋恵(あおりやけい)ノロ殿内(とんち)火之神の祠、

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今帰仁ノロ殿内火之神の祠、

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供のかねノロ殿内火之神の祠という三つのノロ殿内火之神の祠が残っていて、今も参拝者が絶えないそうです。

ノロとは占いを行う昔の国家公務員だった女性のことで、

身分や位は、「阿応理屋恵ノロ>今帰仁ノロ>供のかねノロ」だったそうです。

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今帰仁城の南にはクバの御嶽がそびえ、今帰仁城を守護している聖地だそうです。

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今帰仁城は世界遺産に登録されていますが、現在も発掘調査中だそうで、首里城に次ぐ大きな歴史ある城だけあって、その奥の深さを感じることができました。
by nami-5963 | 2011-01-31 22:10 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)

天水とブーゲンビレア

今年の日本の豪雪は死傷者もたくさん出て、「天の恵み」どころではありませんね。

沖縄でも雨の日が例年になくとても多く、どんより曇っていて青空に出会うことがとても少ないです。

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雨水=天水(あまみず)は「天の恵み」として、植木の水やり用に大きな青いバケツにたくさん溜めています。

もうみんな一杯になってしまったので、ベランダの清掃に有効利用することを思いつきました。

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樋(とい)の一部を屋上からの排水管につなぎ、ベランダに天水を引き込み、デッキブラシなどでごしごしと掃除をします。おかげで見違えるようにベランダが白くピカピカになりました。

ところが困ったことに、雨が多いとブーゲンビレアの花があまり咲いてくれません。

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毎年きれいに咲き誇っているお家を訪ねても花がまばらでとても淋しいです。

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そんな中でも花をいっぱいつけているブーゲンビレアを発見!すると嬉しくなります。

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わが家でも水をひかえ目にしてやると、紫色の花、

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濃い赤色の花、

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白色の先がピンクの花も咲き誇って、目を楽しませてくれています。

12月に咲き誇っていたブーゲンビレアは、現在は水を余り与えない「いじめ中」です。

「このままでは枯れてしまい子孫を残せない!早く花をつけ種を作って子孫を残さなければ!」と思わせているところです。

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そのため鉢は雨の当たらないところに移動したり、


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移動できない大きいものは土にビニールをかぶせて天水が掛らないようにしています。

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これを繰り返していると、小さな花芽をたくさんつけ出してくれています。

こんなふうにコントロールしてブーゲンビレアの花を楽しむことができるなんてとても幸せ!で~す!
by nami-5963 | 2011-01-30 21:57 | 花・草木 | Comments(0)

湧き水fun倶楽部

ラジオ沖縄で「湧き水巡り」の番組を担当し、600か所の湧き水を回り、

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浦添市の湧き水マップを作ってこられた方々が、「湧き水fun倶楽部」を立ち上げて、第一回目の講演会があるというので参加しました。

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講演会は「沖縄の湧き水を訪ねて~沖縄のカー 井戸をたどる~」ということで、講師の先生は、考古学が専門で沖縄の文化を墓→獅子→池→井戸と研究されてきた方だそうです。

いろんな話の中で印象に残ったことは、井戸、カー、水は「村落財である!」ということでした。

さらに、村の獅子舞は村の青年たちの「教育の場であった!」ということも強調されていました。

アットホームな雰囲気の中で豊かな湧き水を地域の財産として活用していく方法はないものか?とか、川の汚染の改善に豊かな湧水が利用できないものか?などの質問や提案がたくさん出ていました。

最後に、先生は、おおざっぱな試算でも600の字があり、ひとつの字に湧き水が5~20か所あることから、研究テーマもさらに広がっていくのではないだろうか?と結ばれていました。

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いい勉強をした帰り道で、今まで探していて見つけられなかった「安波茶の樋川(ひーじゃ)」の小さな小さな案内表示板を見つけることができました。

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嬉しくなって現場に着きましたが、草ぼうぼうでこれが??とびっくりしました。

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下に降りてみると、ちょろちょろと水が流れていました。

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それがまとまって流れ出し、浦添市立図書館の横の水路につながっていることを確かめて帰路につきました。

水は天からの贈り物!雨水(あまみず)ではなく天水(あまみず)なのですね。
by nami-5963 | 2011-01-29 21:27 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)

宜野湾市立博物館②

初めて博物館を訪れ、半日かけて宜野湾の自然・歴史・文化・戦争のことなどをゆっくりと勉強させて頂き、とても有意義な時間を過ごすことができました。

その中で、戦争によって宜野湾からなくなった大切な四つのことがあることが解りました。

ひとつは、軽便鉄道です。

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戦争であとかたもなく破壊され、埋もれていた四輪の台車が発掘され、やっと県民の経済活動の素晴らしさやたくましさが実感できました。

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ふたつめは、米軍が沖縄本島に上陸後の最初の激戦地になった宜野湾の嘉数高地周辺は、
米軍からも「いまいましい丘」といわれるくらいの、両軍や市民からもたくさんの戦死者を出したことでした。

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戦争はたくさんのかけがえのない尊い命を一瞬にして奪ってしまうのです。なんとむごいことか!

戦争は人類の歴史の中でいちばん愚かな、罪深い行為と言えます。

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三つめは、並松(ナンマチ)と呼ばれた素晴らしい松並木がなくなってしまったことです。

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遠くは首里の王様が、毎年6月に普天満宮をお参りする時に通ったという素晴らしい松並木が、現在の普天間基地のまん中にあったそうです。

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戦前は国の天然記念物に指定されるほどの立派な松並木だったそうですが、戦時に燃料として切り出したり、米軍の戦車の侵攻を食い止めるために切り倒されたりしたそうです。

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戦後も普天間基地建設や拡張のために無残に切り倒されたそうです。

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なんと愚かで、もったいないことか!

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四つめは、豊かな土地を銃剣とプルトーザーで強制的に米軍に取り上げられたことです。

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基地を勝手に作られ、住む土地をなくした人たちは、基地を囲むように生活しだして、現在の宜野湾市ができたそうです。

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さらに、伊佐浜の土地闘争では、豊かな水田を銃剣とプルトーザーで強制的に米軍が取り上げることに対する反対運動が、全県的な規模で広がったそうです。

このような四つの大きな犠牲を宜野湾市民や県民は歴史的に負わされたことを知りました。
by nami-5963 | 2011-01-28 23:51 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)

宜野湾市立博物館①

体を動かしに一週間ぶりのボウリングに出かけました。

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店内に入ると改装中!のぞいてみると得点表示板が、スマートになっていました。

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そう言えば先週の帰り際に、工事の予告を見た、ことを思い出す始末。

記憶力もボケてきているようで情けない限りです。

ここで、宜野湾の博物館に「軽便の車体がある!」と小耳にはさんだことを思い出し、足を伸ばしてみることにしました。

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羽衣伝説のある「森の川」の清泉の隣に、白い落ち着いた博物館の建物がありました。

珍しいことに「入館料が無料!」というのも嬉しいことでした。

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ユニークな漆喰シーサーが玄関で出迎えてくれました。

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その玄関を入ったところに四つの車両のついた台車が展示してありました。

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戦争で破壊し尽くされた軽便鉄道でしたが、土に埋もれていたこの台車だけが掘り出されて展示されていました。

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JRや阪急・阪神電車の台車より小ぶりでしたが、黒塗りの台車はとても迫力がありました。

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そばには軽便鉄道の説明や路線図、

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軽便鉄道の走っていた当時の周りの景色や

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台車の発掘当時の写真なとの展示がありとてもいい勉強になりました。
by nami-5963 | 2011-01-27 22:14 | 沖縄の不思議 | Comments(0)

料理教室

おきでん料理教室の「和食」に参加しました。

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この講座はとても人気があり、新しい人や団体さんが優先されるので、なかなか参加できません。

ブログを見てみると去年の4月以来、10カ月ぶりにやっと参加できました。

講師の先生とは久しぶりのご対面と遅すぎる新年のあいさつをさせてもらいました。

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料理は、いつものように面白く丁寧な説明で、「春の料理」の四品を教えて下さいました。

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写真の左上から時計回りに①新筍の磯辺揚げと海老天ぷら②京芋の含め煮鶏そぼろ餡掛け③鰆の翁焼④芹の味噌汁とごはんです。

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① では、天ぷら粉と冷水を1:1にすると、サクサク感が出ること、

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②では、京芋は皮の繊維が内側に入っているので厚めに剥き、面取りをし、米のとぎ汁で湯がくこと、

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③では、鰆の切り身を焼き、みりんを塗っておぼろ昆布を乗せ、グリルでもう一度焼くようすを、白髪の老人にみたてて「翁焼き」と呼ぶこと、

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④では、味噌汁に追いガツオをするとさらにおいしくなるということを教えて頂きました。

今度は私たちが調理する番となりました。

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私は、京芋の面取りをするのは初めてで、前のように指を切りはしまいかと緊張して取り組みました。

野菜を切ったり、盛り付けをさせてもらいました。

① はほとんど一人で取り組みましたが、追いガツオをするのを忘れてしまい、カツオ節を深型茶こしに入れてだしをとって引き揚げるというその場をしのぎました。冷や汗ものでした!

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そんなこともあって、私たちの班の料理が出来上がりました。

どれもおいしかったですが、①の新筍の磯辺揚げと海老天ぷらが気に入り、家でも作ってみたいと思いました。

おいしい料理を食べることができ、先生と班のみなさんに感謝の心でいっぱいになりました。
by nami-5963 | 2011-01-26 00:38 | 料理・食文化 | Comments(0)

冬の花々

花の少ない冬場ですが、ここ沖縄ではたくさんのきれいな花が楽しめます。

白梅を見に行った時の山道にオオバナソシンカが咲いていました。

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葉っぱが羊のひづめに似ていることからヨウテイボク(羊蹄木)ともよばれるそうです。

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鮮やかな赤紫の大きな花が青空によく映える、中国原産の中木(6m位)だそうです。

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昼食を食べた大家(ウフヤー)にはシコンノボタンが、美しい紫色の花をたくさん咲かせていました。

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太陽が大好きなブラジル東南部原産の低木だそうです。

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そのそばに立派なトックリキワタ(徳利木綿)がそびえていました。

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すでに花は終わっていましたが、よく見ると、大きな緑色の実がたくさんぶら下がっていました。

これが熟して真っ黒になると中から木綿がたくさん飛びだし、種をまき散らせます。

「掃除が大変さぁ~!」の声が聞こえてきそうで~す。

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わが家のベランダのカランコエは一杯の花のつぼみをつけていましたが、今が見ごろの花盛りです。

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1月に入ると、植木市で買ってきたリュウキュウベンケイソウがつぼみをつけ出しました。

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サメの解剖でお世話になった海洋博の総合研究センターでは、リュウキュウベンケイソウが絶滅危惧種に指定されているので、苗を育てて小学校に配布していることを初めて知りました。

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花の色も黄色、オレンジ、赤色といろんな変化があるそうです。

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いま、わが家のリュウキュウベンケイソウは花盛りで~す。
by nami-5963 | 2011-01-25 18:55 | 花・草木 | Comments(2)

普天満宮と洞穴

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沖縄に移住して3年になりますが、初めて普天満宮にお参りしました。

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普天満宮洞穴の案内板も泡瀬干潟に通う時に何度も目にして来ましたが、今回宮司さんに案内してもらえてとてもよかったです。

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「おきなわ石の会」のお固い勉強会の休憩時間に、青空に映えた寒緋桜を楽しませてもらったり、

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熊野権現をこの地にお迎えしたことや

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洞穴の説明板を読んで勉強させてもらいました。

そんな中で、今まで疑問に思ってきた謎が今回溶けました!!

ゆみたんとまちを散歩していると木札が家のところどころに貼られているのですが、その意味がわからず、何だろう??と不思議に思ってきました。

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その木札が6枚1000円で売られているのを発見!

この意味をかわいい巫女さんに尋ねると、「これは魔除けの札で、門に二枚、東西南北に一枚ずつ張り、六枚でご利益が得られます。」と丁寧に説明して下さいました。

長年の疑問が解けてとても嬉しかったで~す!

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「おきなわ石の会」の勉強会のあと、宮司さんが詳しく説明しながら洞穴を案内して下さいました。

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今は水が枯れていましたが、東の方から西の方に280mの長さに延びた鍾乳洞にご神体が祀られていました。

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大きな広場もあり、

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陰陽のご神体、

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大きな鍾乳石、

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大きな石筍があったりと、とても立派なものでした。

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紀州から持ち込まれたというご神木の「なぎの木」(これで針葉樹だそうです!)を紹介してもらい、

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苗木まで頂いてきました。

ご利益が得られるように大切に育てて行きたいです。
by nami-5963 | 2011-01-24 20:14 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)

石灰岩ってどんな石??

「おきなわ石の会」の勉強会があり、普天満宮に出かけました。

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普天満宮の宮司さんが、石の会の会員さんだそうで、会場を提供して下さったようです。

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今日の勉強会のテーマは「石灰岩ってどんな石??」というお固いものでしたが、25人の熱心な岩石ファンが集まっていました。

石灰岩はライムストーンともよばれ、炭酸カルシュウム、方解石(ほうかいせき)、霰石(あられいし)などを主成分とする堆積岩で、身近なものではセメントの材料となっています。

また、熱帯~亜熱帯の浅い海の生物遺骸やその砕屑片からなり、地球上の堆積岩の20%を占めているそうです。

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沖縄で見られる本物の石を見せてもらいながら、勉強していきました。

ひとつめは、本部半島でたくさんみられ、海岸線を通ると大きな採石場があり、セメントの原料となっている本部石灰岩です。

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この石灰岩は、古生代のフズリナ化石や中生代の放散虫の化石を含んだ不思議なもので、太平洋のかなたから本部まで運ばれてきたそうです。

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ふたつめは、中生代のアンモナイトの化石を含む今帰仁石灰岩で、本部半島の西側に分布し、今帰仁城の石垣を作っている岩石です。

三つめは、130万年~140万年の新しい時代の浅いサンゴ礁でできた琉球石灰岩です。

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この年代の石灰岩は日本では、沖縄県でしか見られない!ということや「琉球」という文字は台湾の南の「琉球嶼(しょ)」に分布する石灰岩にちなんだ名前だ!ということも初めて知りました。

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また、陸に近い所でできた石灰岩は、ゴミや赤土の成分を含むので、茶~紅~褐色をしているが、

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陸から遠く離れた大東島などの石灰岩は、ゴミなどの不純物を含まない純白なものだそうです。

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宮古島の石灰岩は、マグマの地熱の影響を受け、再結晶して大理石になっているそうです。

「太平洋のかなたから運ばれてきたなんて、講師の先生の言うことはにわかに信じられない!」という感想やたくさんの疑問・質問が飛び交い、固いながらもとても楽しい学習会でした。
by nami-5963 | 2011-01-23 22:48 | 沖縄の不思議 | Comments(0)

軽便鉄道②

軽便鉄道が最初にできたのは、大正3年(1914)の12月で、「那覇・与那原線」だそうです。

続いて、大正11年(1922)3月には「嘉手納線」が開通し、翌年の7月に「糸満線」が開通したそうです。

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残っている写真を見ても、立派な車両で、値段も高く庶民はなかなか利用できなかったようでしたが、「ケービン」「ケイビン」と呼ばれて慕われていたそうです。

浦添市内のゆみたんちに近い「城間駅」があったところを前回見ましたので、さらに「嘉手納線」を北上してみることにしましょう。

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国道58号線をまたぐ形で左(北)へゆっくりカーブし、県営浦添市街地住宅のあたりで58号線をまたぐ形で右(北)へゆっくりカーブして行きます。

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この辺りの線路跡は今も細い道路となってちゃんとカーブも残っています。

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信号を渡ったところのピンク色の建物のあたりに「牧港駅」があったそうです。

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この道を進むとコープの牧港店を通り、おきでん料理教室とボウリング場の間を通り抜けていきます。

自分のふだんの生活エリアに軽便鉄道が走っていたことを再認識しました。

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もう少し進むと大謝名(おおじゃな)団地前のこんもりした森のあたりに「大謝名駅」があったようです。

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ここを過ぎると58号線を再びまたぎ、宜野湾の田園風景の中を北に向かって進んでいったようです。
by nami-5963 | 2011-01-22 21:58 | 沖縄の不思議 | Comments(2)