嘉数(かかず)の高台
2009年 04月 18日
とても見晴らしがよく、東シナ海から米軍の上陸地点、嘉手納基地・普天間基地、浦添城城跡などすべてが見渡せます。
広大な普天間基地が、宜野湾市の半分近くを占めていることもよくわかります。
軍用ヘリの沖縄国際大学への墜落事故があって5年も経ちますが、その後何の変化もなく、辺野古にV字滑走路を持った新たな基地を作ることだけが、決まっています??
また、この地は浦添城城跡とともに、1945年の4月1日の米軍の本島上陸後の最初の激戦地となりました。戦闘は4月8日から17日間に及び、頑強なトーチカや洞窟以外、草木の一本も残っていなかったそうです。
この攻防戦では、日本軍、朝鮮人軍夫、市民らも2500人以上の犠牲者がでたそうで、現在も四つの慰霊塔が残っています。
「嘉数の塔」
「京都の塔」
「島根の塔」
「青丘(せいきゅう)の塔」がそれです。
愚かな戦争を繰り返さぬことを誓いつつ合掌!