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沖縄の不思議の世界を紹介します


by nami-5963

末吉公園の歴史と文化

末吉公園をみんなで考えてみよう!のシリーズで、「末吉公園の歴史と文化」の講座がありました。

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元県立博物館の館長さんが、現場を案内しながら詳しく説明して下さいました。

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最初に訪れたのは、末吉公園の北にある西森(にしむい、にしは北の意味)でした。
ここには大きな自然の三角形にとがった岩が二つあり、昔からの御嶽(うたき)となっているところです。
沖縄では、自然の岩に神が宿るという思想があり、いたるところに御嶽(うたき)が存在します。

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西森から少し坂を登ると末吉公園全体を見渡せる高台に出ます。首里城もすぐ前によく見えます。
ここは、石灰岩の台地で戦中戦後、米軍の基地や道路建設のための石灰岩の採掘場になっていたそうです。

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そこに断層が通り、V字谷になったところに安謝川が流れていて、末吉公園の中へ滝となって注いでいます。

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このV字谷の北側一帯は、墓地になっていてたくさんのお墓があります。その中に、羽地朝秀(はねじちょうしゅう)の墓がありました。
羽地朝秀は1652年に34歳の若さで「中山世鑑(ちゅうざんせいかん)」という琉球史を著し、後に摂政まで務めた人だそうです。その功績から、大きな亀甲墓(かめこうばか)が作られています。眉桁(まゆげた)が高い位置にあり、墓口も大きい古いタイプの亀甲墓だそうです。

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この辺りから山道はきれいに石畳が敷かれた末吉宮参詣道になります。

末吉宮は首里城の北にあり、琉球王朝第一尚氏六代目の尚泰久(しょうたいきゅう)王の時代に熊野権現を勧請したものだそうです。今回は時間の都合で立ち寄れませんでしたが、今もきれいな石畳道が深い森の中に残っています。

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その一角に、万寿寺跡もありました。1671年に真言宗の寺として創建され、「末吉の寺」と呼ばれたそうです。ヤマトの「道成寺」と同じ筋書きの沖縄の組踊「執心鐘入(しゅうしんかにいり)」の舞台となったお寺だそうです。

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宜野湾御殿(ぎのわんうどぅん)の亀甲墓にも寄りました。御殿とは王子のことで、ここは王子墓としての典型例だそうです。

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墓に向かう石畳道がきれいに整備されていて、墓守屋敷跡も残っている大きな亀甲墓でした。

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最後に、ヒンプン(玄関にあり屋敷の中を外から見えにくくする塀)、

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フール(豚に人糞を食べさせるためのトイレ)、

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主屋、池などが文化財の指定を受けている新垣家に寄りました。

ここは、「しむじょう」という沖縄そば屋さんもしていて、とても落ち着いた雰囲気で食事ができますので、みなさんも一度ご利用してみて下さい。

一日かけて、たっぷりと末吉の歴史と文化に触れることができ、沖縄の歴史認識や理解が一層深まりました。


沖縄そばのお店  しむじょう
那覇市首里末吉町2-124-1
TEL 098-884-1933
by nami-5963 | 2009-10-17 06:58 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)