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沖縄の不思議の世界を紹介します


by nami-5963

ガイド4期生の学習会

創立10周年記念誌「うらおそい」を見ると、今までの先輩がたくさんの学習や研鑽を積み重ね、

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いかにガイドとしての資質の向上に努めてきたかがよくわかりました。

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そんな先輩たちに少しでも追いつきたいとの思いで、4期生の学習会を持ちました。

講師は前理事長の仲間孝蔵さんでした。

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詳しく細部に渡った説明の中で印象に残ったことは、「歴史に絶対は難しく、推定、推測、考えられる、思われると表現することもあるのが実情だ」ということでした。

また、この浦添城が首里城以前の中山王府として栄え、瞬天(現在は伝説上の王)・英祖・察度のすぐれた王を輩出した理由がよくわかりました。

それは、豊かな土地と広い面積を持つ浦添の経済力だということでした。

畑作、稲作、牛の飼育の複合農業で生産性が安定していたこと、
中山時代の浦添は、那覇の一部、西原の一部、宜野湾の一部にまたがる広大な間切りだったこと、
天然の良港の牧港があったことが大きな要因だということがよく分かりました。

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そして、「うらおそい」(津津浦々を襲う=統治する)が「うらそい」となり、「浦添」の文字が当てられた!ということがよく理解できました。

まだテキストも半分以上残ってしまったので、これからも学習会が続きそうで~す。

講師の先生、ガイドのひよこの4期生のご指導を今後ともよろしくお願いします。
by nami-5963 | 2012-02-19 01:03 | 歴史・史跡・世界遺産 | Comments(0)