沖国大の公開講座で「あんやたん!沖縄の貝~貝類利用の移り変わり~」があることを新聞のインフォーメーションコーナーで見つけ、
観察会の下見を取りやめてAさんといっしょに出かけました。
講師さんは私たちがイソギンチャクの卒論支援をしているKさんの指導教官の山川彩子先生で、先生は東京の小平出身で海へのあこがれを持って琉大と琉大大学院で「ハマグリ」を中心に二枚貝の研究をされてきたそうで、「味や歯ごたえなどを別にすると、貝で食べられないものはありません!」ととても分かりやすいお話をして下さいました。
沖縄貝塚時代(約7000年~1000年前)の遺跡調査をすると沖縄人(うちな~んちゅ)の胃袋を満たしてきたのは
マガキガイ(ティラジャー)とアラスジケマンガイとイソハマグリの三種類が主なものだった!の説明もガッテン!でした。
貝の装飾品としての貝輪が北海道にまで運ばれていたとか
琉球王朝時代(約600~300年前)にはタカラガイのキイロダカラとハナビラダカラが貨幣として550万個も中国に送られた記録の紹介や
なぜ貨幣として適していたかということや
マルコポーロの東方見聞録では貝一個=6円ぐらいだとわかりとてもいい勉強になりました。
また、ヤコウガイが螺鈿細工の原材料として
20世紀初頭~1930年代にはタカセガイが貝ボタンの原材料として乱獲されたことや
戦後はクロチョウガイによる黒真珠養殖も盛んになり沖縄と貝の関係は途切れることがないことを知りました。
貝の実物標本もたくさん並べられ、手に取ってみることができましたが、私的にはクモガイだと思ったのが、
クモガイの二回りも大きな初めて見る「ラクダガイ」と分かりビックリ!でした。
Aさんとはいろいろ勉強になったことや観察会の説明にも生かせ、説明にも深みが持てそうだね、と感想を出し合いながら帰路につきました。